ニニギノミコト(;゚Д゚)
以前に「宗像大社」を紹介しましたが、その時に紹介出来てなかった「神宝館」と、周辺の「道の駅むなかた」「海の道むなかた館」を紹介します。
まずは、道の駅むなかたです。場所は、福岡県道300号線岡垣玄海線のさつき橋の近くにあります。道の駅むなかたは、玄界灘を一望できる立地にあり、木造の建物が落ち着きがあって、訪れると気持ちが癒されます。宗像の新鮮な食材を提供することの他、観光情報を発信し、癒やしのある施設が特徴的です。採れたての野菜や果物、魚介を目当てに遠方からも多くの人が訪れています。
また、宗像市では有名な「菓子処さかした」のもちパイといちご大福も買うことが出来ます。


道の駅むなかたの外観です。この日も日曜だけあって、開店前から長い行列が出来てました。

物産直売所の入口です。中は隙間なく人がいて写真を撮ることは出来ませんでした(;’∀’)

物産直売所の向かって右側にある「花き園芸と工芸雑貨のお店higoro(ひごろ)」さんです。花き園芸と工芸雑貨に特化したショップで、ゆとりのライフスタイルをコンセプトにしたナチュラルな雰囲気が特徴的です。その右に見える「FRATTO」さんはスムージーの店です。




店内ですが、やっぱりお洒落な雰囲気です😊

物産直売所の向かって左側にある、JA直営の米粉パン工房「姫の穂」さんです。原料のお米は全て宗像・福津のものを使用していて、石窯オーブンで焼き上げた米粉パンは、しっとりもちもちとした新食感です🍞


店内です。ゆとりがあって落ち着いて選べます。

あんドーナツ

クランベリーカマンベール

ミルクフランス
今回はこの3つだけです😆

道の駅むなかたから周辺の景色を撮った写真です。この日も雲が多い天気でした🌥️

さかしたさんのもちパイです。1個ずつでも買えますが、上のように4個入った箱入りを買うことも出来ます。

もちパイです。サクッしたパイの中にもちっとしたもちが入っているのは斬新です。
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道の駅むなかたの次は「海の道むなかた館」です。場所は宗像大社の敷地の出入口にあります。海の道むなかた館では、海の道をテーマに宗像の先史時代から近世までの通史を辿れる遺跡出土資料が展示されています。
展示室内の大型スクリーン等では、世界遺産「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」も紹介していて、立ち入りが禁じられている沖ノ島の様子を臨場感ある大型映像で見ることが出来ます。
また、常設展の他に特別展も開催されています。この時(2026年4月19日)は、「時代を映す日本の記念切手 ―岡部修コレクション―」が開催されていました。
そして、お伝えしていた通り受付で、世界遺産検定認定証を提示すると、「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群公式ガイドブックが贈呈されます。当然、世界遺産検定1級認定証を提示して、公式ガイドブックを貰いました…1級は余計でした😅













この円になっている内側に、7m×18mの大迫力のスクリーンがあって、世界遺産「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の概要や沖ノ島祭祀遺跡の様子を体感することが出来ます。どんな風に体感出来るかは、実際に現地を訪れて体感して欲しいと思います。そのキッカケになるのがこのブログの役割です( ー`дー´)キリッ



これが公式ガイドブックです。
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次は、再びの宗像大社になります。前回撮影してなかった周辺の写真と神宝館の写真を掲載します。






この「三笠宮殿下応制歌歌碑」は、神宝館の手前のちょっとした茂みの中にあります。

これは何でしょうか???(^▽^;)

神宝館です。神宝館は、沖ノ島で発見された8万点の国宝、宗像三女神の尊さ、信仰の歴史を伝える宝物館です。宗像三女神に捧げられた国宝沖ノ島祭祀出土品や三女神の祭祀を行った宗像氏の歩みを伝える宝物を収蔵、展示しています。
今回は入場料800円を支払って入場しました(^▽^;)

入口を入ってすぐにあるのが「宗像大社世界遺産記念絵馬」です。相当デカいですΣ( ̄□ ̄|||)


上の「阿弥陀経石」の説明ですが、写真が撮り辛く斜めになってしまいました🤣


沖ノ島の国家祭祀遺跡は、巨岩を磐座として岩の上から始まり、巨岩の陰、そして露天の平坦地へと移ります。それに併せて神へ捧げる奉献品の種類も変化していきました。4世紀後半から5世紀の岩上の遺跡では、三種の神器といわれる「鏡・剣・玉」を中心に奉献品が見つかっています。なかでも当時貴重な鏡は70面を超える膨大な量が捧げられており、祭祀への国家の関与を物語るものです。刀剣などの武器、勾玉などの玉類も当時の大型古墳の副葬品に共通します。いずれも神が宿り、特別な力を持つと考えられ、祭祀に欠かせないものでした。

沖ノ島の模型です。模型ではありますが、遠くから微かに眺めることしか出来ない、テレビや写真でも一部しか見ることが出来ない沖ノ島の全体が見えるこの模型は個人的にはかなり貴重だと思います🙃


岩上祭祀遺跡の模型です。これも個人的には貴重なものだと思います。

上の模型をアップにした写真です。思ったより分かり辛いです🤣





沖ノ島の国家祭祀は、4世紀後半、倭と朝鮮半島の百済との交流が活発になったことを契機に始まりました。倭と朝鮮半島諸国との間には様々なレベルの交流があったと考えられています。大陸からもたらされた文化や技術を受容しつつ、わが国固有の文化を発展させました。遺跡が岩陰に移る5世紀後半以降、沖ノ島祭祀の奉献品には、朝鮮半島新羅由来の黄金に輝く馬具や金製指輪、ペルシャ産の煌めくカットグラス破片など、活発な外交やシルクロードを介した東西交流の跡をしのばせる貴重な文物が見られます。



7世紀後半、遺跡の一部が露天となる頃、金属製雛形品の奉献が目立つようになります。雛形品は、神が日常に用いる様々なものをミニチュアで形作った祭祀用品として、新しく考案されました。特に、容器、紡織具、楽器などは、往時も今も伊勢の内容の神宝と共通します。日本固有の信仰における祭祀の基盤となった古代国家の祭祀の確立と継承を考えるうえで重要です。一方、金銅製龍頭や遣唐使が中国からもたらした唐三彩長顎瓶片の奉献からは、激動の東アジア情勢における我が国の外交の一端が伺えます。この時期、国内外の変革の中で、沖ノ島祭祀は変容していったようです。


8世紀になると、遺跡は露天へと変化し、大量の祭祀用土器とともに、人形・馬形・舟形といった滑石製形代が捧げられました。この形代を主要とする祭祀は宗像特有のもので、古代国家の新しい祭祀制度の下、地域の伝統を重んじた様子が分かります。唐三彩の施釉技術を取り入れて8世紀に日本で作られた奈良三彩小壺は、海外からの文化や技術の流入を示しています。9世紀末の遣唐使廃止により国家祭祀が終焉すると、宗像三女神の祭祀の主体は沖ノ島から本土の辺津宮へ移り、中世という新たな時代を迎えます。




古代、中央政権との深いつながりを育んできた地方豪族宗像氏は、宗像地域の統治者であり、宗像三女神の奉斎者でもあり、宗像大社を主宰する神官でした。979年、太政官(律令制における中央の最高機関)によって宗像氏能が宗像大社の大宮司に任じられ、ここに宗像大宮司家が始まります。12世紀末、武士の世が到来すると、宗像大宮司は武士という立場で宗像地域を一元的に支配するリーダーとなりました。この新たな体制の下、古代より培った航海術と外交術を背景とした海外交流の新時代が展開します。12~13世紀には中国・南宋の商人、15~16世紀は朝鮮半島に成立した朝鮮王朝と貿易を行い、繁栄を極めました。当時の宗像大宮司の活動を明らかにする宗像大社文書や、南宋との交流を伝える阿弥陀経石、石造狛犬、色定法師一筆一切経は、全国屈指の資料として知られています。




中務







16世紀、国内の動乱の中、宗像大宮司家は世継ぎがなく断絶するという危機があったものの、17世紀になると、福岡藩黒田家から手厚い庇護を受け、宗像大社は歴代藩主が崇敬する九州の中心的な神社として歴史を展開していきます。特に、三代藩主黒田光之の崇敬は篤く、辺津宮本殿周辺を末社社殿が囲む現状の境内への整備を行いました。この造営の竣工記念として奉献された剣と三十六歌仙図篇額は最も華麗な足跡の一つです。
17~18世紀の記録類には、沖ノ島の禁忌や忌詞の存在、「不言様」と称するなど、沖ノ島を神秘の島とする特殊な信仰が触れられており、禁忌などの慣習が人々に根付いていた様子が伺えます。人々の敬虔な心によって沖ノ島の遺跡が守られ、古代の国家祭祀の姿が現代に蘇ったと言えます。


ここにも、戦艦三笠に関するものが展示されています。
いかがでしたでしょうか?個人的には、前回(800円にも関わらず)断念した「神宝館」にも行くことが出来ましたし、公式ガイドブックも貰って非常に満足でした😅
神宝館の展示は本当に貴重な国宝です。是非実物を目の当たりにして実際の質感や色彩などを感じて欲しいと思います。
それでわまた次の旅で🐎


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