ここにも炭坑の町w(゚Д゚)w

史跡

月が出た出た~月が…(^▽^;)

と言うことで、今回は「田川市石炭・歴史博物館」に行って来ました。福岡県には炭坑の町のとして栄えた場所が各地にあります。有名なのは世界遺産でもある「三井三池炭鉱」ですが、田川市も筑豊地域最大の炭都であり、炭坑節発祥の地としても知られています。

炭坑節とは、炭坑労働者によって唄われた「伊田場打選炭唄」が元になった福岡県に伝わる民謡です。

今回は「田川市石炭・歴史博物館」がある「炭坑記念公園」とその近所の景色と「田川市美術館」の写真を掲載します。

炭坑記念公園から見た田川市の景色です。炭坑記念公園は「田川伊田駅」のすぐ南にあります。右側にある特徴的な形の山は「香春岳」です⛰️

香春岳は、香春町にある結晶質石灰岩で出来た山です。炭坑節の歌詞や小説「青春の門」にも登場します。

また、分かりにくいですが、水平に削られている山の手前にある半分の高さの山が「ボタ山」です。1948年の三井田川鉱業所第六抗の出炭開始から、後続の白鳥鉱業所が1965年に閉山するまでの間、ボタが廃棄されて出来た山です。田川地域で唯一原形をとどめるボタ山です。ボタとは、石炭とともに採掘された岩屑等の不純物のことです。

「田川伊田駅」です。ここから見えるくらいに駅からは近いです🚶‍➡️

炭坑記念公園の全体を撮影した景色です。左の煙突と右の櫓が象徴的ですが、左の煙突は「旧三井田川鉱業所伊田竪坑第一・第二煙突」、右の櫓は「旧三井田川鉱業所伊田竪坑櫓」です。どちらも、国登録文化財であり、経産省認定近代化産業遺産となっています。

坂田九十百先生の像です。田川市議や田川市長を歴任し、産炭地振興に尽力し、産炭地域振興臨時措置法等に関わった人物です。

百年の鐘から見た、煙突と香春岳の景色です。

旧三井田川鉱業所伊田竪坑第一・第二煙突です。伊田竪坑の動力として設置された蒸気機関の排煙用煙突です。明治41年に築造された煉瓦造の煙突で、炭坑節のモデルになりました。目の前で見ると凄い迫力です( ゚Д゚)

旧三井田川鉱業所伊田竪坑櫓です。地下深部の石炭を採掘する竪坑の巻上機とともに使用された竪坑櫓です。こちらもかなりの迫力ですΣ(゚Д゚)

解体された第二竪坑櫓があった場所です。

1922年製造のSL「59684号」が展示されています。「9600形」の機関車で、1974年まで筑豊地方で石炭輸送などに使用されていました。

SLについての解説板ですが、フェンスがあるので読み辛いです(^▽^;)

博物館に行くまでに、公園内を歩いて見て回ります🚶‍➡️

種田山頭火の歌碑があります。山頭火というよりも、もう一人とある人物が思い浮かびます(^_^;)

橋本栄吉文学碑です。

「リン」に反応する世代です(^-^;)

筑豊じん肺訴訟の炭坑労働者の裁判に勝利するまでの歴史を物語る碑です。

炭坑節の碑です。炭坑節の歌詞が彫られています。サ~ヨイ〇イ😚

炭坑夫之像です。炭坑での仕事を終えて帰宅する炭坑労働者の夫婦の像です。

炭坑節発祥の地の石碑と右側にあるピラミッドみたいなものは、ボタ山のオブジェです🗻

炭坑節の解説板です。掲載されている絵は、山本作兵衛の炭坑記録画のひとつです。

友愛の樹です。

明治生命百周年記念桜です。残念ながら桜の季節ではないです🥲

風の樹です。風の谷から送られた樹という訳でわないです(;^ω^)

解剖記念碑です。詳しくは下の解説板で(^_^;)

田川市には「田川ストーリーズ×トリックアート」として、このようなトリックアートが各地にありますが、そのひとつです。全部は撮ってませんが(^^;)

何となく公園の景色を撮影した写真です。

公園を一周したので、博物館に入ります。

博物館の正面玄関口です。観覧料は400円ですΣ(゚Д゚)

エントランスホールです。山笠とありますが、川渡り神幸祭で使われる山笠です。

第1展示場です。石炭産業の歴史についてのイラストや模型が展示されています。

三井田川鉱業所伊田竪坑の模型です。解体された第二竪坑櫓の姿もあります。

三井田川鉱業所の歴史についての解説とイラストです。

手掘りで採炭するための道具の展示です。

機械採掘の道具の展示です。

近代的な装備の展示です。災害に関する記述もあります。

採掘現場のジオラマです。

川舟の模型です。

SLの模型です。

第1展示場から一旦外に出て、屋外展示場に行きます。炭坑で実際に使用されていた炭車や人車、機関車等の機械類が展示されています。

この建物は「産業ふれあい館」で、復元された炭坑住宅です。建物の外観は炭坑住宅を模し、内部は明治・大正・昭和の炭坑住宅の間取りを再現していて、他に展示室や研修室を配置しています。

昭和どころか明治大正レトロなノスタルジックな雰囲気が何とも郷愁を誘います😌

看板には

かつては炭鉱都市として栄えた田川市。その田川市が、いま新しい時代に向けて「緑の工業都市」をめざし、生まれ変わろうとしています。市の中心部にあった炭鉱の跡地には工業団地が造成されて誘致企業が進出し、炭鉱都市の象徴であった炭鉱住宅がつぎつぎに改良住宅へと姿を変え、都市構造も大きく変化してきました。

この施設はそうした変遷の中で、誘致企業が地域に新しい活力をもたらすことを期待して設けられたものです。

と書かれています。

当時の炭坑労働者の暮らしが再現されています。右に人形がいますが、近づくと当時なされたであろう会話の音声が流れます。なので一瞬焦ります(^▽^;)

明治期の炭住炊事場です。

明治期の炭鉱住宅は鉱夫納屋と呼ばれていて、このような外炊事場でした。冬の炊事は寒さで特に厳しかったことと思われます。

炊事場が屋内につくられるようになったのは、大正期になってからのことです。

と書かれています。

明治期の鉱夫納屋です。実際よりも暗い写真になってしまいました😅

展示室です。展示されている写真1枚1枚は撮影出来ないようなので、何となく全体を撮影した写真です。

こちらは住宅のは反対側です。

ここは、2階です。2階には「第2展示室」と「第3展示室」があります。

第2展示室には、「山本作兵衛コレクション」として、記録画等が展示されています。山本作兵衛とは、炭坑労働者であり、自らの体験をもとに、筑豊のヤマの仕事と生活を記録画として数多く描いた人物です。山本作兵衛コレクションは、平成23年に国内初のユネスコ世界記録遺産に登録されました。

第3展示室には、「田川地方の歴史と民俗を」テーマに、郷土の歴史資料が展示されています。田川地方には遠い昔から、彦山川、中元寺川を中心に発達した先祖の歴史を物語る文化遺産が数多く残っています。「馬型埴輪」「軒丸瓦」「伊加利人形」が印象的ですが、残念ながら第2展示室、第3展示室共に撮影禁止となっています。気になる方は是非現地まで(^_^;)

田川市石炭・歴史博物館はこれで終わりです。ここからは、博物館の周辺を歩いて回ります。

田川伊田駅です。駅舎からは反対側です。

作兵衛トンネルを抜けて、駅舎のある方に出ます。

ここにもトリックアートがあります。

これが作兵衛トンネルです。

田川伊田駅の駅舎です。ホームとはかなり雰囲気が違います(^-^;)

田川伊田駅の道路の反対側にある「風治八幡宮」です。毎年5月に執り行われる「風治八幡宮川渡り神幸祭」は福岡県五大祭りの一つに数えられ、福岡県指定無形民俗文化財第1号に登録されています。

何気なく立ち寄っただけですが、凄い歴史の深い神社でした(^▽^;)

商店街の入口付近にある公園です。中は庭園風な造りになっていて、買い物をする人々の憩いの場になっています🧘

踏切から線路を撮影した写真です。何となく郷愁を感じて思わずシャッターを押してしまいました_(._.)_

炭都ミュージアムロードです。田川市に縁のある著名人のサインやモニュメントがあります。

最後に訪れたのは「田川市美術館」です。この時は特別展「ラブ!ヴァンガード!!」が開催されていて、草間彌生さんの作品も展示されていました。残念ながら、美術館内は撮影禁止です。写真は、入口周辺だけです。

いかがでしょうか?「田川市石炭・歴史博物館」をメインに、少しだけ周辺にも足を延ばしてみました。三池炭鉱と同様に、それぞれの歴史や時代背景があり、非常に勉強になりました。周辺も自然豊かな景色が広がっていて良いものを見ることが出来ました。

「二本煙突」「竪坑櫓」と「田川伊田駅」は、大分麦焼酎二階堂のCM2012年「昭和の母」にも登場しています。

また、山本作兵衛コレクションは、ユネスコ「世界の記憶遺産」として登録されています。世界記録遺産とは、世界において歴史的に重要なドキュメント遺産の保護と活用や振興を目的に、1992年に開始されたユネスコの主催事業です。

そして、そのユネスコからの山本作兵衛コレクションの評価として、名もなき一人の労働者が自らの体験をもとに、日本の近代化を支えた筑豊炭田の姿を、驚くべき正確さと緻密さで克明に記録し、また私的な記録でありながら、日本の工業化を支えた人達の持つ集団的記憶を伴っていることが、大きな特徴とされ、世界記憶遺産として高い評価が与えれらたということです。

三池炭鉱が世界遺産なら、山本作兵衛コレクションは世界記録遺産と日本全国凄いものは数多くありますが、福岡県にも本当に歴史的に凄いものが各地にあります。先にお伝えした通り、展示品の中には撮影禁止のものも多々ありますので、是非現地を訪れて、実際に実物をご覧になって欲しいと思います。

それではまた、次の場所で 🐍ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ

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