初春令月、気淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香(^▽^;)
と言うことで(どういうことで?)、福岡県太宰府市は令和発祥の都であることから、令和の里とも呼ばれています。ちなみに、日本最古の歌集「万葉集」の中の「梅花の歌」が由来ということです。冒頭の挨拶(?)はその梅花の歌の冒頭の部分です。
なので、バカにしてはダメとです( ー`дー´)キリッ
太宰府市は太宰府天満宮が有名なのは言うまでもないですが、他にも歴史好きには興味深い史跡や遺跡が数多くあります。今回は、大宰府政庁跡周辺を散策してきましたので、ご紹介したいと思います💁♂️
ちなみに大宰府政庁跡とは、7世紀後半から12世紀後半、大宰府は行政機関として九州を統括して西の都としての役割を果たし、地理的に日本の外交と防衛の最前線、アジア大陸の窓口としても機能したことから、重要な政治の中核として大宰府の中心地に政庁が建設されたものです。

太宰府市文化ふれあい館です。散策の途中で休憩したり、太宰府市の歴史や文化を学び体験したり、埋蔵文化財の発掘調査、資料収集や整理、研究及び保存、分析のための機能を持った施設です。


建物の基礎部の周辺にも、様々な写真や展示があります。上記は「文様塼」と言って、大宰府で出土するものに施されていて、建物の基壇や壁を飾っていたと考えられています。

水城跡の全景が見れる上空写真です。

奈良時代に建てられた筑前国分寺にあったと考えられている七十塔を10分の1の大きさで復元した模型です。


宮ノ本遺跡・成屋形遺跡の発掘調査で検出された箱式石棺を移設、展示しています。



太宰府天満宮の大楠とエントランスホールです。写真撮影出来るエリアは限られているので、是非現地に足を運んで実物を見学して欲しいと思います_(._.)_

坂本八幡宮です。政庁跡を北西に進んだ場所にあります。応神天皇を御祭神としています。もとは戦国時代の勧進と伝えられている神社で、地元の方々にとっては守り神として大切に祀られてきました。
「梅花の歌三十二首」が太宰府で詠まれたことと、この歌の「序文」を引用し名付けられたのが元号「令和」というのは上記の通りですが、この一節が詠まれた歌会「梅花の宴」は当時の太宰府の長官であった大伴旅人(おおとものたびと)の邸宅で開かれとされています。その大伴旅人邸の有力な候補地の1つとして注目を集めるのが坂本八幡宮付近ということです。
新元号が定められた2019年の秋には、境内に御影石製の「令和」の石碑が建てられ新たな観光スポットになっています。

本堂です。この日もお経が読まれていたせいか、どことなく厳かな雰囲気でした。

梅花の歌碑と大伴旅人の碑です。

万葉歌碑です。

坂本八幡宮から政庁跡に移動して来ました。ここは政庁跡の中の正殿跡です。


政庁跡の全景です。地元の小学校では遠足の行先として政庁跡が選ばれていて、度々子供達の遊ぶ姿が見られます。

大宰府展示館の建物です。大宰府展示館では、大宰府史跡の発掘調査によって検出された遺構の一部を保存公開し、出土遺物や模型などで大宰府の歴史と文化をご紹介しています。昭和55年の開館とともに(公財)古都大宰府保存協会が事務局を置き、広く大宰府史跡の整備地の維持管理や広報普及、史跡の解説・ご案内などを行っています。

観光地恒例のご当地顔はめパネルです。通常は建物の出入口の隣にあるものと思いますが、このパネルは出入口の反対側にあります。初めて見た時は疑問に思いましたが、出入口を見ると理由が分かるような気がします(‘ω’)

筑紫花壇と小野老の歌碑です。筑紫花壇とは、奈良時代に大宰府で活躍した歌人の集団のことで、小野老はその一人です。筑紫花壇は、728年に大宰帥として就任した大伴旅人が730年に大納言に任命されて上京するまでと、山上憶良が帰京する731年の間の歌人を指します。政庁跡周辺には筑紫花壇に関した和歌の歌碑が数多く点在しています。

太宰府展示館の出入口です。通りからは反対側にあります。上記の歌碑を通り過ぎて裏側に回るとあります。先ほどの顔はめパネルがここではなく出入口からは反対側にあるのは、この場所が置き辛いからではないかと思います(;^ω^)

ここからは、館内の展示です。博多人形の大伴旅人です。博多人形とは、一言で言うのは難しいですが、の博多で作られる素焼きの土人形に彩色を施したもので、伝統工芸品に指定されています。

玉石敷の溝の一部です。詳しくは下の説明で(^▽^;)


館内の様子です。手摺の中が玉石敷の溝です。


観世音寺の模型です。観世音寺は下記に掲載します。


筑前国分寺の模型です。現在は寺の跡が残っています。政庁跡からはやや離れた場所にありますので、後の機会に掲載したいと考えています。


再現したものになりますが、実際に触れて当時の雰囲気を少しでも感じることが出来ます。是非現地を訪れて実際に触れて欲しいです🙌



博多人形による「梅花の宴」の再現ジオラマです。


大宰府条坊のイメージジオラマです。大宰府条坊とは、古代に東アジアの都で採用された碁盤目の地割をもつ都市のことです。









戒壇院です。戒壇院とは、奈良時代に僧侶として守るべき戒律を授けるところです。ここで戒を受けなければ正式の僧侶とは認められなかったらしいです。戒壇は太宰府の他に、奈良の東大寺、栃木県の下野の薬師寺に置かれ、天下三戒壇と言われました。本尊の廬舎那仏は平安時代の作で、重要文化財に指定されています。そんな、日本に三カ所しかないものが地元にあることは本当に誇らしいです。



戒壇院の説明看板です。上記の説明が分かりにくかった場合はこちらで(;^ω^)

次は観世音寺です。詳しくは上記の案内板で(;・∀・)

この先に本殿があります。

本殿です。歴史的な偉人がここに滞在したというのは、本当に凄いです(;゚Д゚)

観世音寺の梵鐘です。日本最古の鐘として知られていて、国宝に指定されています。京都にある妙心寺の鐘と兄弟鐘として知られていて、外観も非常に似ている上に実測値も一致したため、同じ工房の同じ鋳型から鋳造されたと考えられています。
妙心寺鐘の方が新しい時代の意匠を取り入れていることから、観世音寺鐘の方が20年ほど早く造られたと推測されていることから、正にこの観世音寺鐘が日本最古の鐘ということです。また、日本の音風景百選にも選ばれています。更には菅原道真もその音を聴いていたということですから、歴史的にも本当に凄い鐘ですΣ( ̄□ ̄|||)
ですが、その鐘はここにはありません。現在は九州国立博物館に寄託しています。なので、歴史を感じたい方は是非九州国立博物館まで🚶♂️


観世音寺の宝殿です。平安時代から鎌倉時代にかけて造られた仏像18躯・石造狛犬・舞楽面などが安置されており、すべてが国の重要文化財です。5メートルを超える仏像もあり、その存在感は圧巻です。その厳かな雰囲気と現地でしか体感出来ないその匂いもまた悠久の時を感じさせます。残念ながら館内の撮影は禁止されてますが、下のパンフレットにある仏像が展示されています。是非足を運んで実際の迫力を体感して欲しいと思います。

いかがでしたでしょうか?当然太宰府市には歴史的価値のあるものはまだまだ他にも数多くのものがありますが、今回はここまでです。まだほんの一部ですが、天満宮だけではない太宰府市の魅力を感じていただけたなら幸いです。
また、投稿出来る準備が出来た段階で紹介していきたいと思ってます。それでは今回はこの辺でε≡≡ヘ( ;^ω^)ノ


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