遺跡探訪🏚

史跡

どうもです👋

皆さんは遺跡は興味あるでしょうか?福岡県にも各地に決して有名ではなくても歴史的に見て重要な数多くの建物や遺跡が存在します。今回はその中から「金隈遺跡」と「板付遺跡」を紹介します。

まず、金隈遺跡ですが、場所は福岡空港の南東にあります。空港から西鉄バスも出ています。金隈遺跡は弥生時代の共同墓地の遺跡で約2400年から1800年の間の600年にわたって、かめ棺墓348基をはじめ、土こう墓119基、石棺墓2基の合計469基もの墓が発見されています。金隈遺跡では、土こう墓が最も古い墓と考えられています。そして、弥生時代前期の後半頃からのちは、かめ棺墓が主流になっていきます。かめ棺墓は中期の終わりにかけて減り、それ以降はわずかに石棺墓がつくられただけです。金隈遺跡は弥生時代の終わり頃の約1800年まで墓として使わていたと考えられています。

かめ棺墓からは、136体の人骨が出土しました。平均身長は男性が162.7cm、女性が151.3cmで、縄文人と比較すると、顔も面長になり、身長も急に高くなっています。このことから、朝鮮半島との交流による混血が行なわれていたのではないかと考えられるそうです。墓中の副葬品には、種子島からオーストラリアまでの海中にしか生息しないゴホウラ貝で作った腕輪や、石剣、石鏃、首飾り用の玉などが見つかっていて、中国大陸や南方文化との交流を物語っています。

また、金隈遺跡では、墓地のほぼ全体を発掘することが出来たため、北部九州で弥生時代に作られた典型的な墓地の姿を解明することが出来ました。ここで発見されたかめ棺は、時間的な形状の変化を途切れることなく確かめることが出来るため、遺跡の年代を測る「ものさし」としても利用することが出来ます。また、かめ棺墓の中からは状態のよい多くの人骨や貝輪が発見され、弥生時代に生きた人々の姿や、他の地域との交流を研究する上で貴重な資料となっています。こういうことから、弥生人の起源と社会を研究するうえで重要な遺跡ということで、金隈遺跡は1972年に国の史跡に指定されました。

金隈遺跡では「金隈遺跡甕棺展示館」として、弥生時代の墓が密集した場所360㎡に、かめ棺墓91基、土こう墓34基、人骨4体の実物が発掘当時に近い状態で展示されています。

かめ棺墓91基、土壙墓34基、人骨4体を発掘した状態で見ることが出来ます。写真下に人骨が見えます(゚Д゚;)

出土したかめ棺を触ることが出来ます。何というか古の手触りと匂いがします(・・?

次は、板付遺跡です。場所は福岡空港のほぼ南に位置しています。博多駅やに西鉄大橋駅からバスが出ています。

板付遺跡の概要としては

縄文時代の終わりに、朝鮮半島から稲作などの技術や文化をもった人たちが、海を渡って北部九州にやってました。それまで縄文時代の暮らしをしていた人たちと交わり、板付遺跡などで水田を開き、新たな村を作りました。弥生時代の始まりです。

やがて板付遺跡では、台地に東西約80m、南北約110mの卵形をした環濠を巡らし、その内側に竪穴式住居や食料を保存した貯蔵穴が作られました。台地に沿って掘った用水路や東西の水田はさらに広くなりました。用水路には木杭や横に木を組み合わせて井堰を作り、水を調整する水口を通して必要に応じて水田に水が送られる仕組みになっています。水田は長方形に土で仕切られた区画に順に水が流れるようになっていました。

鍬、鋤、などの農耕具は、カシなどの堅い木で作られ、現代のものととても近い形をしています。これらの道具を作るため、いろいろな種類の磨製石器も作られました。

弥生時代は、いろいろな種類の道具を使い、高度な技術で稲作をしていたことが分かります。もちろん米だけを食べていた訳ではなく、アワやキビなどの穀物、大豆や小豆などの豆を栽培し、動物や魚介類をとり、木の実を集めて食料としていました。

ということです(;^ω^)

また、板付遺跡は日本で最も早く稲作農耕が開始された場所でもあり、集落、墓地、生産地(水田)が一体となっていて、日本における稲作農耕の開始や技術、弥生時代の人々の生活や社会を、広い視点で知ることができる数少ない遺跡です。
 出土遺物は莫大な量にのぼり、土器、石器、木器をはじめとして、当時の自然環境を知ることのできる自然遺物が検出されている重要な遺跡ということです。そんな歴史的な遺跡がこのような街中に、しかも福岡県にあるのは何とも誇らしいです😁

板付遺跡弥生館です。展示物の他に復元された同時の農工具を使うことも出来ます。

ここからは、遺跡エリアです。復元された水田や竪穴式住居があります。復元と分かっていても歴史のロマンを感じてしまいます…Don‘t think feel!…(;’∀’)

ここからは、環濠集落です。下が説明板です。

復元された竪穴式住居です。

竪穴式住居の内部です。再現度が高いです。

勝手におまけのコーナー

この板付遺跡の近くには「ららぽーと福岡」がありますが、そこに展示されている「RX-93ffvガンダム」の写真を掲載します。

往年のガンダムファンからすると、違和感があると思いますが、このガンダムは「RX-93ffvガンダム」で、「逆襲のシャア」に登場したのは「RX-93vガンダム」です。主な違いはカラーリングです。私的には、逆襲のシャアのvガンダムの方が重厚感があって好きですが(;´・ω・)

いかがでしたでしょうか?歴史的な発見でもある遺跡が近くの街中にあることに驚きますが、是非この地を訪れてまた違った歴史のロマンを感じて欲しいと思います。

でわまた次の旅で🚃

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